ひじりのダラダラ日記

ダラダラした人のダラダラした日常をお送りするブログ

【ネタバレ有】『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』の鑑賞&リモートトークに行った

『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』という映画及び常井美幸監督と主人公(?)の小林空雅/このみさんの母である小林美由起さんによるリモートトークショーに行った。

ざっとこの映画のあらすじを紹介すると、元々は「女性」として産まれたものの性別違和を感じ、「雅空」と名前を変えホルモン治療や性別適合手術を行い戸籍上の性別も「男性」に変更したものの、途中で自分が「男性」でもないことに気づき現在は再度「このみ」と名前を変えて詩を書いたりアクセサリーの制作をしながら暮らしている…といった話である。

鑑賞してまず感じたことは、社会では思った以上に性別で区分けされているということだ。特に学校という場においてはそれが顕著にでている。ランドセルの色や制服など、何から何まで性別で分けられてしまっていることが多い。

その中で印象に残ったのが、入学祝いに赤いランドセルを買ってもらったときに最初は喜んだものの、後に性別で色が分けられてると知って違和感を抱いたという描写があった。ランドセルの色というのは(恐らく)性別をわける最初の壁であるといえよう。一般的に男子は黒、女子は赤とされている(それ以外の色を着けいてる子どももいるが極少数であろう)。そもそもこのように性別で分ける必要があるのかと感じた。これでは本来好きだった色が一瞬にして恨めしい色に変わってしまう子どもが増えるだけではないだろうか。

この後も空雅/このみさんを襲う性別の壁は続く。中学のときの制服問題である。この制服問題は性別違和を持つ学生の課題としてよく取り上げられており、最近でもトランスジェンダーの男子高校生による制服の選択制導入を求める署名運動が話題になっている。*1また、このときからメンタルクリニックに通いはじめ、名前を「空雅」に変更し、男性ホルモン治療を行うといった、男性に「戻る」準備を進めている。最終的には保健の先生の協力もあり、男性用の制服を着用しての登校が認められるようになった。また、個人的には男性用制服の着用許可を求めたあとに、母親と一緒に女性用制服をズタズタに切り裂いたと話していたシーンが、一種の決別の表現ようにも思えて印象に残った。

その後は「男子生徒」として定時制高校に進学し、卒業後は夢である声優を目指しながらフリーターとなっている。この時代は周囲の人間も比較的偏見の少ない人間が多かったのか性別の壁を感じる場面は少ないように感じた。また、このときに性別適合手術を行い戸籍も男性に変更している。

その後は男性として声優を目指しながら生きていくのかと思いきや…
実は自身の性別が男性でもなかったことに気づき、名前も「このみ」に再度変えて現在は詩の販売とアクセサリーの制作をしながら生活をしている。声優を諦めた理由の一つに、声優事務所のホームページの中の一覧が男性と女性にはっきり分けられていたのが印象に残った。性別違和が無い状態だと特に気にもとめない部分でも当事者にとっては大きな壁になり得ることもあるということを改めて実感した。また、インタビューで男に「戻ろう」としていたときは「今の自分は好きではないが許せる状態になった」と答えたのにたいして、男でも女でもない「このみ」として生活している現在はハッキリと「今の自分は好きだ」と答えたのが印象深い。かつては「女ではない」から「男である」と思っていたものが、「男でもない」ということに気づいて、「性別」という枠組みから解放されたように私は思えた。

また、この映画には空雅/このみさん以外にも実際に空雅/このみさんが出会った八代みゆきさん、中島潤さん、それ以外にも4人の性別違和を持った当事者が何人か登場する。
八代みゆきさんは、78歳のときに性別適合手術を受け戸籍上の性別も男性から女性に変更している。戦前は「性同一性障害」がないものとして扱われていたため、当然男として育てられ戦中には兵隊にもとられた。戦後はチェロの演奏者として活動していた。人生の最後は女性として終えたいという思いから78歳のときにタイで性別適合手術を受け、戸籍も女性に変更している。現在は元妻の安子さん(離婚したのち養子縁組で再び家族になっている)と二人で暮らしている。
中島潤さんは女性として生まれたものの、自身は「女性ではない」と感じつつ、かといって「男性ともいえない」と自身の性別を表現していた。空雅/このみさんと中島さんが話しているシーンで中島さんの(うろ覚えではあるが)「枠組みを決めてしまうからそこから外れてしまう人がでてくる」「マイノリティと呼ばれてる人たちにとって生きやすい社会はマジョリティの人にとっても生きやすい」という発言には本当にそうだと感じた。本来人間そのものが曖昧な部分が多い存在なのに、そこにむりやり枠組みを決めてしまうほうがおかしいし、マイノリティにとって生きやすい社会がマジョリティにとって生きづらい社会であるはずがない(強いて言うなら差別をしたがる人間にとっては生きづらいのかもしれないが)。

続いて9/12(土)の上映後に行われたリモートトークショーについての話をしたい。(うろ覚えではあるが)

リモートトークショーでは、zoomで常井美幸監督と(事前告知は無かったが)母親である小林美由起さん、そして配給スタッフの方が参加。その中で映画に至った経緯や思いを話していた。

元々性同一性障害を特集するドキュメンタリーとして空雅さんに取材していた。その様子はNHKワールドでも放映されていたらしい。ただ、海外だったので美由起さんには反応がわからなかったとのこと。ただ、常井監督自身むしろ日本の人に知ってもらうべきだと感じ、この様子をおはよう日本でも放送することになったとのこと。

また、映画には空雅さんの手術について聞くシーンがあり、空雅さんが少し不機嫌な場面がある。正直私はこのシーンを見たときに「なぜこんなにセンシティブなことをあれこれ聞くのだろうか。空雅さんもイラついているのでは。」と感じた。そのシーンについては常井監督自身、空雅さんのことをもっとわかりたいという思いから「あえて」不機嫌なときに突っ込んだ質問をぶつけてみたとのこと。美由起さん曰く「手術しないといけない自分の身体にイラついていた」とのこと。

次に、映画を観て母親である美由起さんが理解者であるといった感想が多かったものの、美由起さん自身は「理解できないから寄り添う」といったスタンスであった模様。個人的にこの「理解できないから寄り添う」という姿勢を見習いたいと強く感じた。

最後に、このみさんから実は「男でもない」ということを聞かされたときの反応について、常井監督は最初はビックリしたそう。というのも、女性から男性になるというテーマで取材していたからというのもあるらしい。ただ、その中で自分自身の新たな発見と成長にも繋がったと語っていた。
対して美由起さんは特に驚きを見せず、「自分の子どもは何も変わっていない」と語っていた。
また、美由起さんが語っていた「男らしくとか女らしくではなく自分らしく生きてほしいけど、中々社会の目がそうしてくれない」というのは本当にそう感じた。自分らしくありたいと思いつつ、社会の目を気にして中々自分らしさを出せない人はLGBT関わらず多いのではないのだろうか。もっとみんなが自分らしく生きられる社会になるべきだと強く思った。

映画全体を通してそもそも性別をハッキリさせておく必要があるのか、わからないのであればわからないままでいいのではないのか。一人ひとりが「わからない」を尊重していく姿勢が大切なのではないのかと強く感じた。